姉の部屋の前を通るとほんの少し隙間が空いていた。
私の家は、昔からある宿屋だった。そこにある男が泊まりに来た。私が15歳の時だった。無口で無愛想で、子供の私にはその男がとても怖かった。姉が部屋を案内する。私はその男の少ない荷物を部屋まで運ぶ。姉は綺麗だったから力仕事もお掃除もお皿洗いもしなかった。私が荷物を置いて部屋を出ようとした時、その男は私に話しかけた。
「綺麗な姉ちゃんだな。」
よく言われる言葉だったから、私は愛想笑いをした。姉は本当に綺麗だった。でも私は汚かった。私は姉にはなれないけど、羨ましくて仕方がなかった。
「でも、お前はもっと綺麗になりそうだ。」
一言の重みと嬉しさがわかる?嬉しかったけど、超えてはいけないものなんだって私はちゃんと解かってた。その晩、私が姉の部屋の前を通るとほんの少し隙間が空いていた。姉の喘ぎ声が聞こえた。相手はどうせ、近所の汚い金持ちの次男。隙間からちらりと見えた。
そして、姉はあの宿屋を継いだ。私は、その日に家を飛び出した。16歳の冬だった。江戸で暮らすのは楽じゃなかった。でも私の生まれ育ったあの家よりはずっとましだった。この間、煙草吸ってたら瞳孔開いた怖いお巡りさんにすごく怒られたけど。それなりに上手く逃げてからかってやってるよ。
私はいつの間にか20になってた。仕事から帰ると、私の家の前に赤いド派手な着物をだらしなく着た男がいた。私には愛する人がいるわ。愛した理由だってあるわ。でもどうしてだろう。この男にはすべて奪われてしまう気がする。
「綺麗になったじゃねぇか。」
私が急いで後ろをむいて、走るとスグに捕まってしまった。
「離して!!叫ぶわよ!!」
「そのほうが好都合だ。来てくれるだろうな。あいつは俺の敵だ。」
声なんかでるわけないじゃない。涙ももう出なくなった。あんたのせいだ。あんたのせいで。
「どうして、俺がわざわざ好きでもねぇお前の姉ちゃん抱いたか教えてやろうか?お前に見せつけときゃ嫌でも忘れねぇだろうと思ってな。思った通りだ。今でも忘れてねぇ。それどころかしっかり覚えて怯えて震えてるな。」
知らなければこんな渇きなどなかった。そう、あの晩、姉の部屋の隙間から見たものはあの女と、この男の性的行為。姉はこの男を見て恋に落ちた。一目瞭然だった。私はあの日それを見てしまった。ご飯も食べられなくなった。涙なんか出なかった。確かに掌にある喪失感は今も消えない。
「もう、許して。見ちゃったことなら謝るから・・・お願い」
「頭が悪い女は嫌いだ。」
この男は、私の手を離さなかった。気がつけばずっと、ずっと、私と手をつないでいた。驚くほど優しく。
「だが、媚を売る女はもっと嫌いだ。」
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