いくつかの空











 先生が死んだのは私がまだ13歳だった時だ。それからすぐ、後を追うように班の男の子二人も死んだ。三人の共通点は私には何も教えてくれなかったことだ。Sランクの任務にでるなら見送らせて、ううん・・・違う、私を連れて行って欲しかった。なのにあなた達はそれをしなかった。私だけがたった一人で残ってしまった。私の班は私を除けば明るくて、良い班だった。二人とも私に優しくしてくれた。それは先生もだった。お菓子だって一番最初に選ばせてくれたし、ドアだって開けてくれた。大好きだった。










 私は、何かが欲しかった。心の隙間を埋め尽くしてくれるものが。それが何なのかは今もわからないままだ。
 あなたと私が出会ったとき。私は、あなたを好きじゃなかった。あなたは私を見て、笑ったから。あの頃の私は、そう。子供だった。大人になりたかった。あなたが心の底から欲しかった。
 あの頃私が子供だった理由は、待っていれば何かが与えられると思っていたこと。待ってたって何かが来るわけはないのにね。私は、幼稚で、無知で、浅はかだった。一人、学校の机に突っ伏していると、大人が入ってきた。ああ、私もいつかはこうなるんだね。空しさとほんの少しの希望を抱いた。

「早く帰れよー。」

 今でもよく覚えているのはその大人の声が、妙に澱んでいたことだった。










 「今日、任務を・・・」と言いかけて止まったあなたを忘れない。私の顔を見て少し笑ってあなたは言葉を言い直した。任務が終わって、報告書を書き終わってから、休憩室の机に突っ伏していた。小さな窓の向こうには夜がある。

「また、そうして何してる?誰か待ってるの?」
「待ってたって誰も来てくれません。」

 悲しそうな目で笑ったあなたの陰りを見逃さなかった。

「そうだな。来ない。」
「帰ります。」
「俺が送ってあげよう。」
「結構です。」

 本当に可愛くない子供でごめんね。でも、私なりのありがとうだった。言葉は不便だ。時々、何を細かく言っても伝わらない。棘ばかりでチクチクしてる。あなたとの任務は好きだった。あなたは私を甘やかさなかったけどいつも必要としてくれたから。救われた。私はまだ13歳で子供。

「俺も、今さと同じくらいの子達の先生してるんだよ。まぁ、みたいに賢くないけど。」
「そうですか。」
「あと、そんな拗ねてないけど。」
「任務、早く終わらせませんか?」

 報告書を書いて提出して私の一日が終わる。体中に鉛をぶら下げたようなだるさで家に帰り食事もしないで眠るだけだった。最近はAランクとかSランクとかばっかり。この一ヶ月で、5kg痩せた。入らなかった指輪がスッとはいるようになったし、はけなかったスカートもはけるようになった。多分スカートをはく日は永遠に来ない。この貯まったお金は誰のものになるんだろう。苦しむ事はなさそうだ。色々な面で。










の先生はが大好きだったよ。」
「カカシ上忍、喋ってないで任務に集中してください。」
「俺が全部終わらせたら、帰らないで俺と話してくれる?」
「嫌です。」

 仲良く二人で任務を実行した。それなのにずるい。駆け引きは公平でなくては。結局、任務の終わったあと延々と話をさせられた。しかも、何かの尋問のように向き合って。「はい。」「いいえ。」その二言で一時間はがんばった。先生、どうかこの男に天罰を。本気でそう思ったらあなたは紙で手に小さなケガをした。え・・・先生なの?

「ねぇ、。賭けをしようか。」
「い、」
「俺が勝ったら俺の事はずっと"先生"って呼ぶ。俺が負けたらに話しかけない。」
「私の先生は"先生"だけであなたじゃない。帰ります。私みたいな子供を相手にしないでください。」

 くだらなくなってため息をついた。席を立とうとすると「戦線離脱は負けの証拠だよ?」と澱んだ目で言われた。先生・・・!助けて・・・!・・・効果は無い。二度目は無し。世知辛い。

「そっくりだな。」
「何がですか?」
の先生と。」

 瞬間、背筋が凍りついた。陳腐な表現でしかないけれどそれ以外の表現を私は知らなかったし。私の輪郭をなぞるあなたの手を何度払い除け引っ掻いたか。机にしっかりと血が滴り落ちていた。

「その顔だと知ってたわけだ。お前はやっぱり賢いよ。」
「・・・何の事かわかりません。」

 こんな時に、どうでもいい事だけど私の両親は私が幼い時に亡くなっている。私には兄がいた。兄は養子でどこかの大きな家に引き取られた。私は施設で育った。兄がいた事を知ったのは私を不憫に思った施設の人間からだった。お涙頂戴な自分の過去が吐き気がするくらい大嫌いだった。辛くなんかなかったし淋しくもなかった。
 始めて先生と会った時、瞬間的に思った。そう。先生との出会いはこの上忍と全く同じだった。私を見て少し笑ったから。それだけじゃなかったけど。

「子供の嘘を見抜くのが大人なんだよ。」
「・・・知らない。そんなの。」
「知らなくてもいいよ。嘘もつかなくていいよ。」

 任務前の言葉どおり私は帰ることができなかった。真っ暗だった空が白み始めている。見上げた大人の目は淀んでいなかった。ううん、それどころか澄んで綺麗だった。私の輪郭をなぞるあなたの手を受け入れて手を重ねていた。血が少しだけ乾いていた。

「ちゃんと気がついてたよ。に。」
「・・・知らなくていい。」
「子供のクセして拗ねてて賢くて可愛くないね。」

 ね、もしかしたら先生は私にチャンスをくれたんだね。今ようやく全部がわかったよ。寝ても寝ても取れない体中の鉛がスッと一瞬で消えた。

「でも、嫌いじゃない。」
「私も、先生のこと嫌いじゃないよ。」
「言うねぇ。13歳のクセに。」

 椅子の倒れる音がした。先生は立ち上がって私にキスをした。

「お兄ちゃんが怒ってるよ。」
「だろうな。」
「お兄ちゃん怒ると怖いから。気をつけて。」

 先生は本棚の角に小指をぶつけた。お兄ちゃんの呪いは強力だ。










 一ヶ月前みたいに自分を追い込んでない。あなた達を追って死のうなんて考えないから安心してね。タンスの引き出しの中の薬はちゃんと捨てたから安心してね。
 あの頃の"班"は私には無くなったし正直何も残って無い。私を置いて行ったあなた達を恨まなかったと言えば嘘になるけれど。今までみたいにSランクの任務もやってる。ちゃんと生活してるし何よりも少しだけ自分が好きになれた。

、おいで。」
「うん。」

 言葉の意味も解かったよ。どの言葉が誰に相応しいのか解かるようになったよ。今も任務から帰ってくると疲れて眠るだけ。だけどあの鉛のような重さは無い。それから、他人の痛みも解かるようになった。人の心の脆さも優しさも。
 いままで目を閉じて生きてきた私に相応しい罰だった。
 つい、昨日14歳になったよ。13歳になった時みたいにお祝いしてもらった。優しい子達だった。うれしかった。

「ありがとう。」

すべてはどこかで繋がっていた。










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