20.泣けない夜も
「。」
どこかで自分の名前が呼ばれているような錯覚に落ちる。
何年も前に自分の育った里からこっちに来た。突然の不幸で子供をなくした夫婦が私を欲しいと言ったからだ。私はその子に本当に似ているらしく、その夫婦は私を本当の子供のように可愛がってくれた。ありがたい話だ。臓器売買に借り出される子供だって多いこのご時世でここまで大きくなれた。私は大好きな人に会えなくなった時に死にたいと思った。彼が私の中でどんどん大きな存在になっていく。
「ちゃん、早くしなさい。今日はXXさんとお食事でしょう。」
「はーい。」
「失礼のないようにね。あなたのことを気にいってくださってるから。」
「お母さん、わかってる。」
とにかく、私にできる孝行はこの人達に心配をかけずに生きて行くことだと思う。相手のXXさんはかなりの上級家庭らしく結婚に行き着けば孝行ができると考えていた。もちろん恋愛感情なんていうものはなかった。義母は私の身支度を自分の事のように手伝ってくれた。真っ白のワンピースを着た自分を鏡に映すと自然と水色のワンピースの私が後ろで笑っている気がした。「、早くしなさい。XXさんがお待ちだよ。」と急かされてカバンを持った。義父は昨日の夜にこっそり「いやならいいよ」と言ってくれていたが私はどうしても孝行がしたかった。外を見ると、XXさんは私のお母さんに何かを言っていた。
「遅くなってごめんなさい。」
XXさんは私の手をひいてくれた。私は何の感情もあふれてこなかった。この手が彼なら私は頬を紅潮させ、強く握っただろうに。XXさんは私をけして高価な物でつることなどしなかった。ダイヤの指輪も彼にして見ればたやすいだろうに。彼は色々な意味で好青年で世の中をまったく知らない人だと思った。食事が終わって彼は私を家まで送ると言った。私が断ると彼は何か理由があることを悟り「気をつけて帰るんだよ」と頬にキスをした。その黒い髪が気に障った。夜道を歩いても何の危険もないこの街は私にして見れば夢か幻でできた映画のようだった。髪が風になびいた。カーディガンでも持ってこればよかったと思った。
家に帰って、義父と義母に彼についての良い事を言って疲れたからと言って部屋に行った。真夜中にどうしようもなくなってこっそり外に出た。私に夜はさらに空を暗くしていくだけだ。言葉にしてしまうと何もかもがあふれてきそうで怖かった。自分の部屋は自分以外の何もなく、空虚で裸足の私の足に冷たさを伝え続け身体の中まで侵し続けた。
「」
そのとき確かに私は声を聞いた。低くてでも本当にどこかに入り込める声だった。顔をあげると彼は何事もなかったかのように立っていた。あの日見た大人達が着ていたような服に身を包んでいた。彼は私を抱き寄せたし、私は彼を抱きしめた。
「バカ。忘れてもいいよって私、伝えたよ。どうして来たの?私もうなにもしてあげられない。」
彼は何も言わずにそっと私の顔を大きくなった手で包みこみ額に唇にキスをした。ドクンドクンと音がする。でも私はこういう事を昔から彼としていたそんな錯覚に落ちていた。話したいこともどこかへ飛んで行った。
「本当に悪かった。遅くなって。」
「会いに来てくれてありがとう。嬉しい。」
「、お前は」
「わかってる。」
私たちがこの先、一緒になることはできない。それがそれぞれの選んだ道だと私も彼も知っているから。首に舐めるように這うように。舌が私の皮膚を撫でていく。今の私たちに遮るものなんか一つもない。
「でも、何年も私は待ってた。また、会える?」
「ああ。絶対に。」
彼の手が背中のチャックに伸びた。怖がることも否定することも私にはできなかった。そのくらい愛していたから。下の部屋にいて眠っている母も父も今は関係ない。静かに踊りましょう。あの頃のまま。二 人 き り で 誰 も 知 ら な い 場 所 で ゆ っ く り 静 か に 踊 り ま し ょ う 。