05.涙



まだ入隊したばかりの時に、の横に男がいた。
誰もいないかをが見回して男にキスをした。
その直後にと男は「あとでね」と別れた。目があった。と。
「これは秘密だよ。誰にも言わないでね。」そう言った。
そのとき聞いた言葉がひどく絶望的だったことを覚えている。
幸せそうに喜ぶを喜ぶなんてしたくなかった。

あれから怖くておちおち外もあるいていられない。
もう何だかんだ言って1ヶ月だ。
きっと今度、彼女を見たらどうしようもなくなりそうだった。
いろんな色の気持ちが混ざってごちゃ混ぜでどうしようもない。
情けないし見っとも無いし。

「檜佐木。」

「何ですか?」

「今日はもうあがったほうがいい。」

「平気です。」

そう言うと隊長は肩をぽんッと叩いた。
今、外に出たら間違いなくに会う気がした。
会ったって、あの時みたいに許してくれるはずがない。重さが違う。
謝ったって許してくれるはずもない。

「帰りなさい。檜佐木。」


本  当  に  何  も  か  も  が  残  酷  だ  。



「もう帰るの?いいな。」

後ろから声がした。振り向くと、がいた。うそだ。
都合のいい夢だ。
逃げて自分を守ってきたのにどうしてそれを壊すようなまねするんだよ。
苛立ちとか空しさとかが込み上げてきた。
憎悪も汚い気持ちも何もかもが喉の辺りでつっかえている。

「許してあげる。」

あの時と同じ言葉で、同じ気持ちをくすぐった。

「本当に悪かった。」

の手が伸びてきて抱きしめられた。(少しの間だけだったけど。)
少しだけとまどって手を後ろにまわした。
誰も見ていないと言うだけでこの行為はひどくやらしいと思う。
裸でもないけれどひどくやらしいと思う。

「檜佐木君、嬉しかったよ。整理がしたいだけだから。」

「いくらでも待つよ。何年でも何百年でも。」

「おばあさんになるでしょ。嫌よ。そんなの。」

グッと離された。手にはまだ感触が残っている。
目の前のは笑っていて俺は少しだけ笑った。

「お前やっぱりもっと怒れよ。お前都合がよすぎるよ。」

「うん。そうだね。私ワガママだから。」

目の前の女が泣いているとどんな気持ちがする?
嬉しい、悲しい、痛い、辛い、苦しい、張り裂ける。
どれにも属さない何も言えない気持ちが心の底から這い上がってきた。
心の底から喜んだあの感情の湧き上がりに似ている。
の目から止まることなく涙がこぼれた。
その涙が何かを知ってたし、そこに何もないのも知ってるけど。
ただただ背中に手をあてた。
撫でることもできない。喉が渇きすぎて喉が痛い。
もっと強く触りたいとは思わなかった。十分だった。

俺 は 大 き な 声 で ど こ か が 痛 い と 必 死 に 悲 鳴 を あ げ て い た 。

彼 女 は 失 う こ と が 嫌 だ っ た ん だ 。

誰 も 失 い た く な い か ら 自 分 を 必 死 で 繕 っ て 良 い 人 で い た ん だ 。

自 分 に 気 が つ い て 欲 し い と 彼 女 も 大 き な 声 で 必 死 に 叫 ん で い た 。

俺 は 気 が つ か な か っ た 。

き っ と そ い つ は も っ と た く さ ん の こ と に 気 が つ い て い た ん だ 。

だ か ら 俺 は 負 け た ん だ 。

「 本 当 に 汚 い の は 自 分 だ 。 」




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